アーチコラム 膝の痛み、原因は骨にあらず?見過ごされがちな膝関節の悲鳴
「膝の痛み、原因は骨にあらず?見過ごされがちな膝関節の悲鳴」
目次
- ①はじめに:レントゲンで異常なし、それでも続く膝の痛み
- ②膝関節の構造と「脂肪体」の役割
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膝を構成する骨と軟部組織
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膝のクッション:膝蓋下脂肪体と膝蓋上脂肪体
- ③今回の症例:なぜAさんの膝は悲鳴を上げたのか
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主訴と経過の分析
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エコー(超音波診断装置)が捉えた真実:脂肪体の炎症と浮腫
- ④痛みのメカニズム:力学(バイオメカニクス)から紐解く根本原因
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「下腿外旋」というアライメント異常
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ハムストリングスの短縮が招く負の連鎖
- ⑤根本改善への道筋:組織の修復とアライメントの再教育
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急性期のアプローチ:マッサージ、鍼治療、超音波治療
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運動療法(リハビリテーション)の重要性
- ⑥おわりに:自分の身体と向き合うことの大切さ
1,はじめに:レントゲンで異常なし、それでも続く膝の痛み
「膝が痛くて曲げられない」「しゃがむと激痛が走る」。
このような症状を抱えて整形外科を受診したものの、レントゲン検査では「骨に異常はありません」と診断され安静を勧められ数日安静をするが改善なし。
そんな経験をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。
今回ご紹介するのは、まさにそのような悩みを抱えて来院された一人の女性のケースです。数週間前の些細なきっかけから始まった膝の違和感は、次第に日常生活に支障をきたすほどの激しい痛みに変わりました。整形外科では異常なしとされた彼女の膝に、一体何が起きていたのでしょうか。本稿では、評価技術と力学的な視点から、見過ごされがちな膝痛の真の原因に迫ります。
2. 膝関節の構造と「脂肪体」の役割
まず、膝関節の基本的な構造を理解することが重要です。膝は、大腿骨(太ももの骨)、脛骨(すねの骨)、そして膝蓋骨(お皿の骨)という3つの骨で構成されています。これらの骨同士が直接ぶつからないよう、間には軟骨や半月板といったクッションが存在します。
しかし、膝の滑らかな動きを支えているのは、これだけではありません。関節を包むように存在する「軟部組織」、特に**「脂肪体(Fat Pad)」**と呼ばれる組織が、極めて重要な役割を果たしています。
脂肪体は、その名の通り脂肪でできた組織で、膝の前面、膝蓋骨の上下に位置します。お皿の下にあるものを膝蓋下脂肪体(IFP)、上にあるものを**膝蓋上脂肪体(SFP)**と呼びます。これらは単なる脂肪の塊ではなく、豊富な血管と神経が分布しており、非常に痛みを感じやすい組織(疼痛感受性の高い組織)です。
その主な役割は、膝の曲げ伸ばしの際に、関節の隙間に入り込んだり移動したりすることで、衝撃を吸収し、関節内の圧力を調整することです。いわば、膝関節のスムーズな動きを保証する「潤滑油」であり「クッション」なのです。しかし、その機能的な重要性とは裏腹に、レントゲンには写らないため、従来の診断では見過ごされがちな存在でした。
3. 今回の症例:なぜAさんの膝は悲鳴を上げたのか
今回来院されたAさんは、サービス業に従事しており、普段行わない「正座」を20分ほどしたことをきっかけに右膝に違和感を覚えました。その後、症状は悪化し、歩行時痛やしゃがみ込み不能といった状態に至りました。
問診と身体評価を進める中で、我々はエコー(超音波診断装置)を用いて膝関節内部を詳細に観察しました。すると、レントゲンでは捉えきれなかった明確な異常が浮かび上がってきたのです。
健常な左膝と比較すると、痛みを訴える右膝の膝蓋上脂肪体は、黒く厚みが増していました。これは、組織内に液体が溜まっている状態、すなわち**「炎症」と「浮腫(水腫)」**を示唆する所見です。Aさんの膝の痛みは、骨ではなく、この膝蓋上脂肪体が発するSOSサインだったのです。
4. 痛みのメカニズム:力学(バイオメカニクス)から紐解く根本原因
では、なぜAさんの膝蓋上脂肪体は炎症を起こしてしまったのでしょうか。その答えは、身体の「使い方」の癖、すなわち**マルアライメント(不正な配列)**にありました。
身体評価の結果、Aさんの右膝には**「下腿外旋(かたいがいせん)」**という特徴的なアライメント異常が見られました。これは、膝から下の部分(脛骨)が、常に外側にねじれている状態を指します。
膝関節が正常に機能するためには、大腿骨に対して脛骨が正しい位置関係で動く必要があります。しかし、下腿が外旋していると、膝を曲げる(屈曲させる)際に、膝蓋骨やその周辺組織は本来の位置から逸脱した軌道で動くことを強いられます。
この時、膝蓋下脂肪体は、脛骨の外旋によって過剰に外側へ引き伸ばされる**「伸長ストレス」**を受け続けます。普段の生活では問題なくとも、長時間の正座や頻繁なしゃがみ込み動作は、このストレスを増幅させ、組織の微細な損傷と炎症を引き起こす引き金となったのです。
さらに、評価を進めると、彼女の**ハムストリングス(太ももの裏の筋肉)**が著しく硬い(短縮している)ことも判明しました。ハムストリングスは脛骨に付着しており、この筋肉が硬くなると脛骨を後方へ引きつけ、外旋をさらに助長します。この「ハムストリングスの短縮」と「下腿外旋」という負の連鎖が、彼女の膝痛の根本的な力学的背景を形成していました。
5. 根本改善への道筋:組織の修復とアライメントの再教育
原因が特定できれば、治療の道筋は明確になります。我々が提案したのは、単なる対症療法ではなく、組織の修復とアライメントの再教育を組み合わせた多角的なアプローチです。
① 急性期のアプローチ:組織の修復
まずは、炎症を起こしている膝蓋上脂肪体の状態を改善させる必要があります。これには、以下の治療法が有効です。
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マッサージ・鍼治療: 硬くなった脂肪体や周辺の筋肉を直接刺激し、血流を促進。組織の柔軟性を回復させ、痛みを緩和します。
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超音波治療: 毎秒数百万回の微細な振動で深部組織を温め、細胞レベルでの修復を促します。
② 運動療法(リハビリテーション):アライメントの再教育
痛みが軽減してきたら、根本原因であるマルアライメントを改善するための運動療法に移行します。
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ハムストリングスのストレッチ: 短縮した筋肉の柔軟性を取り戻し、脛骨への過剰な牽引力を解放します。
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骨盤アライメントの修正: 骨盤の傾きを正常化させるトレーニングを行い、下肢全体の動きを安定させます。
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動作指導: 日常生活や仕事における正しい膝の使い方を学習し、再発を防ぎます。
これらのアプローチを組み合わせ、約2ヶ月間の治療計画を立てることで、Aさんは再び痛みなくしゃがめる状態を目指すことになりました。
6. おわりに:自分の身体と向き合うことの大切さ
「骨に異常はない」という言葉は、患者に安堵をもたらす一方で、「では、この痛みは何なのか」という深い不安を残すことがあります。今回の症例は、痛みの原因が必ずしも骨にあるとは限らないこと、そして、エコーのような最新の評価技術と力学的な視点が、その真の原因を突き止める上でいかに重要であるかを示しています。
もしあなたが原因不明の膝の痛みに悩んでいるなら、一度、関節を構成する軟部組織や、ご自身の身体の使い方の癖に目を向けてみてはいかがでしょうか。そこには、あなたの身体が発している、見過ごされてきた大切なメッセージが隠されているかもしれません。
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